嫌われ者を主人公に据えるタイプの架空ブログ論

投稿日:2018年8月22日 更新日:

ぽに助です。

 

そういえば、先日の一瞬病気になって治るくだりはなんだったのでしょうか。

何かの伏線でしょうか。

 

前は同じ病気の人に配慮して病名は伏せていたのに、今回はあっさりバラしてしましたね。

でも潜在患者も含めれば全国で10%もいるという不安神経症の名前を出して、完全に壊れちゃってる発言は流石に本当に闘病していらっしゃる方に失礼ですよ。

母に代わって非礼をお詫び申し上げます。

 

 

 

ところで、あまりにも内容が面白くないのでそろそろ偽物の父のブログを見るのをやめようかと思うのですが如何でしょうか。

ミニマリストやスロットのカテゴリにいますがずっとそれぞれの50位付近をうろうろして上がってくる気配もないし…

 

我々架空ブログ研究家の中では常識ですが、ブログを書いている本人が嫌われ者になるのはやはり得策ではないですね。

母のブログやAI子おばさんのブログを見ても分かるように、身内や周囲の人間を悪役に仕立て上げ、ブログを書いている本人はその被害者の立場に徹して同情(=アクセス=金)を集めるべし。

これが架空ブログ鉄の掟です。

 

逆に、敢えて悪役を主人公に据えようとするとかなりの架空テクが必要です。

人に嫌われるような行動を取らないとアクセスが集まりませんが、それが行き過ぎると普通に嫌われて見向きもされなくなってしまいます。

 

それでも悪役主人公のブログを書きたいのであれば、必要なのは勧善懲悪の要素かと思います。

古くは「さるかに合戦」から現在ではまとめサイトやTVを見ても分かるように、モラルに欠けた行動を取る者が痛い目に合う話には一定の需要があります。

それを本人目線から書けばそれなりのアクセスが期待できるはずです。

 

そういう意味では偽物の父のブログは確かに定期的にFXや株で負けるという勧善懲悪の要素を含んでいるのですが、偽物の父はいつもこれをあっさり軽く報告してしまっているので効果がありません。

負けたという事実や金額の多寡ではなく、その金額が本人にとってはどれほどの価値のあるものだったのかという情報や、安易な儲け話に手を出した後悔や敗北感のようなものを読者は期待しているのです。

 

他には「悪ぶってるけど実はいい人」作戦もありますが、母の場合に限ってはそうすると母のブログ内での父のキャラがぶれて、今度は本家の同情アクセスが薄れますからね。

そちらにシフトすることはできないというジレンマです。

 

纏めると架空ブロガー本人が嫌われることでアクセスを集めようとするのであれば、

読みたくもないとは思われない程度に嫌われる絶妙なバランス感覚、読者の溜飲を下げさせるようなストーリー構成能力、そしてリアリティのある文章能力が必要です。

 

偽物の父上、というか母上、よろしければご参考に。

 

そんな能力を兼ね備えていれば、ですが…




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